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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)367号 判決

控訴人 久本政雄

被控訴人 亡中村虎光訴訟承継人 中村亮一 外六名

主文

本件控訴を棄却する。

原判決主文第一項を「控訴人は、被控訴人中村チヨノに対し金三三万三、三三三円、被控訴人中村亮一、同中村禎子、同中村宥一、同中村洋一、同中村和美、同福島喜子に対し各金一一万一、一一一円、及びそれぞれこれ等に対する昭和四五年一二月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」、同第三項を「この判決は、第一項に限り、被控訴人中村チヨノが金一〇万円、被控訴人中村亮一、同中村禎子、同中村宥一、同中村洋一、同中村和美、同福島喜子が各金三万三、三三三円ずつの各担保を供するときは、当該被控訴人において仮に執行することができる。」とそれぞれ変更する。控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

控訴代理人等は、「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決並びに敗訴の場合仮執行免脱宣言を求め、被控訴人等代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、被控訴人等の主張

一、被控訴人等の先代中村虎光は、昭和四五年二月六日控訴人に対し、「貨物船安栄丸(総屯数一九七屯四一)の建造適格証に基づく権利」を代金七〇〇万円、日本内航海運組合総連合会(以下総連合会と略称する。)船腹調整委員会の売買承認あり次第支払をうける約定で売渡した。そして、右売買は、その後同年四月末同委員会により承認された。

二、控訴人は、右委員会の承認後、中村虎光に売買代金中六〇〇万円を支払つたが、残金の支払をしない。そこで、中村虎光は、同年一二月二日控訴人に対し、右残金一〇〇万円の支払催告をし、その催告は同月五日控訴人に到達した。

三、よつて、中村虎光は控訴人に対し、右残金一〇〇万円及びこれに対する弁済期後の昭和四五年一二月六日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。

四、ところで、本件第一審判決後の昭和四六年一〇月二日中村虎光が死亡し、被控訴人中村チヨノが配偶者、その余の被控訴人等が直系卑属として、それぞれ同人の権利義務を相続承継したので、被控訴人等は、本訴請求の趣旨を主文第二項掲記のように変更する。

五、控訴人主張四ないし六を争う。

本件売買契約の目的である「安栄丸建造適格証に基づく権利」、は安栄丸を適法に建造するための引当権であつて、私法上権利の対象になり得る。

即ち、我国では、船舶の建造について、内航船舶の過剰傾向を抑制するため、昭和三九年一二月以降内航海運業法に基づく「船腹量の最高限度の設定」により、内航船舶を解撤した者に対しその船舶の総屯数と同じ屯数の建造を認める、所謂スクラツプ、アンド、ビルド方式がとられ、昭和四二年度以降は、前記総連合会が運輸大臣の許可を得て船舶調整規程を設定し、同規定と右「船腹量の最高限度の設定」との併用により船舶調整が行なわれるようになつたものであり、これに基づかないものは、内航海運業の許可申請や引当船の資格証明申請等出来ないこととなつた。

しかして、本件の場合、控訴人が取得したのは安栄丸という物体に過ぎず、同船建造の権利は依然中村虎光の手中に存したものであり、控訴人が同船による同航海運業の許可をうけるには、その前提として同船の建造承認を得る必要があり、そのために中村虎光の許にある建造適格証に基づく権利を取得し、引当船舶とする必要があつた。

そこで、中村虎光と控訴人が協議のうえ、右中村虎光の権利を目的として本件売買契約を締結し、前記総連合会船腹調整委員会から承認を得たところ、この段階で始めて控訴人取得の安栄丸が総連合会の建造承認船となつたのであり、その結果、控訴人において同船による内航海運業の許可をうけるに至つた。

このように、右建造適格証に基づく権利は、私法上権利の対象になり得るものであり、その売買の効力を否定する理由は存しない。

六、控訴人主張七を否認する。

第三、控訴人の答弁並びに主張

一、控訴人等主張一は認める。

二、同二のうち、控訴人が中村虎光に代金六〇〇万円を支払つたこと、及び同人から主張の支払催告をうけたことは認めるが、その余は争う。

三、同四のうち、被控訴人等の相続関係は認める。

四、(売買契約無効の主張)本件売買契約は、私法上権利の対象にならないものを目的としているから、無効である。

即ち、控訴人は、本件安栄丸を訴外小池カズ子より買受け、同船の運行許可を得るため、やむなく中村虎光との本件売買契約に応じたものであるが、売買の目的である権利の内容が判然としないばかりでなく、元来、被控訴人等主張の船舶建造適格証は、運行許可を得るための事実証明文書であり、当該船舶を離れて別個に存在し得ないものである。

従つて、本件の場合、中村虎光は、安栄丸の所有権を失うと同時に、同船の運行許可に関する一切の権能を失い、その後何ら私法上財産権の対象となるものを有しなかつたものであり、本件売買契約はこの意味で目的が存在せず、無効である。

五、(詐欺による取消の主張)このように、中村虎光は、当時財産権の対象になる権利を有しなかつたのに、昭和四五年二月頃、代理人である被控訴人中村亮一を通じて控訴人に本件売買契約を申し入れ、控訴人が一且断つたにも拘らず、あたかも真実権利を有するかの如く装つて執拗に契約をすすめ、控訴人をして本件売買契約の締結に至らしめたものであるから、控訴人は、昭和四九年一月二八日付準備書面に基づき、詐欺を理由として本件売買契約取消の意思表示をする。

六、(公序良俗違反による無効の主張)本件売買契約は、強いて論ずれば、控訴人の安栄丸運行許可申請手続に対する中村虎光の協力契約であると解せられるが、同人はその名において安栄丸を建造し、処分したのであるから、もともと譲受人に対し同船を運行し得る状態におく手続上の協力義務を負担しているものであり、偶々控訴人と紛議を生ぜしめ、運行許可が得られないため経済的急迫状態に陥つた控訴人に対し、本件売買契約を締結せしめたからといつて、その契約金の支払請求を認めることは信義則上許されるべきでない。

本件売買契約は、この点で公序良俗に反し、無効である。

七、(減額代金完済の主張)本件売買代金は、昭和四五年六月頃合意のうえ六〇〇万円に減額され、控訴人は、その頃右減額された代金六〇〇万円を中村虎光に支払つた。

即ち、控訴人は、同年六月八日中村虎光の住居地に赴き、同人の代理人である被控訴人中村亮一等に対し、他の引当船を購入して別途許可申請をすれば六〇〇万円以下の経費で済んだことや、本件売買契約後、事前の説明と違つて、契約書だけで運行許可がおりず、中村虎光と連名の陳情書の提出を求められたりしたこと等を理由に、代金を六〇〇万円に減額するよう申し入れ、同人等も結局これを承諾し、右金員を九州地方海運組合連合会を経由して支払うよう指示した。

そこで、控訴人は、即日同連合会の役員に右経過を説明して六〇〇万円の小切手を預託し、中村虎光も同月中旬頃、運行許可に必要な書類等と引換えに右金員を受領した。

仮に、前同日代金減額の合意が成立しなかつたとしても、控訴人は、同人等に右減額の合意ができたものとしてする旨言明して、右六〇〇万円の預託をしたものであり、中村虎光が異議をとどめずに右金員を受領した以上、控訴人の右減額申込みに対し、黙示の承諾をしたものというべきである。

第四、証拠〈省略〉

理由

被控訴人等主張一の事実、及び同二のうち、控訴人が被控訴人等の先代中村虎光に本件売買代金中六〇〇万円を支払つたこと、中村虎光から控訴人に対し主張の残代金支払催告がなされたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、本件売買の目的である「安栄丸建造適格証に基づく権利」が私法上財産権の対象にならず、売買契約そのものが無効である旨主張するので、まずこの点について判断するに、成立に争いがない甲第一号証、同第四号証の一ないし三、乙第一、二号証、同第四号証、同第六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の二、当審における控訴人本人尋問の結果により成立を認める乙第五号証、同第八号証の一、当審証人菅正敏、原審並びに当審における証人中村亮一、同祷太の各証言、原審における中村虎光、当審における控訴人各本人尋問の結果を総合すると、我国では、内航船舶の過剰傾向を抑制するため、内航海運業法に基づき船腹量の最高限度が設定され、新たな船舶の建造は、既存の内航船舶を解撤したものに対し、その船舶の屯数までを認める、所謂スクラツプ、アンド、ビルド方式がとられていること、そこで、新たに船舶を建造しようとする場合、運輸省海運局の監督下に船腹自主調整を行なつている前記総連合会船腹調整委員会に宛て、スクラツプ船の申請をして、新船舶建造承認証の発行を得たうえ、これに基づいて同海運局より当該船舶建造適格証の交付をうける必要があること、そして、新たに建造された船舶で現実に内航海運業等を行なうためには、右建造適格証の引当となつた旧船舶の解撤、納入金納付等の諸業務を終え、そのことにつき右総連合会船腹調整委員会の証明を得て、内航海運業法に基づく運輸大臣の許可をうけなければならないこと、以上のように認めることができ、右建造適格証の交付をうけた者が自ら船舶の建造を行なうことなく、右総連合会船腹調整委員会の承認を条件に、その権利を第三者に有償譲渡する場合のあることは、当裁判所に顕著である。

右認定事実によれば、「船舶建造適格証に基づく権利」は、いわば適法に当該船舶を建造し得る地位であり、実質的には、建造後その船舶による内航海運業等の許可を求め得る地位を意味するものと認めることができ、そうだとすれば、内航海運業法所定の許可の前提となる事実上の地位に過ぎないのであるから、それ自体直ちに私法上の財産権といい得ないこと控訴人主張のとおりであるが、少くともその譲渡行為については、対価を伴う場合、売買類似の有償行為として効力を認め、民法上の売買に関する規定を類推適用するのが相当と解せられる。

してみると、前記控訴人の主張は結局理由がないといわざるを得ず、また、控訴人主張五、六の詐欺による取消、並びに公序良俗違反の各主張についても、その前提を欠くことになるうえ、前掲各証拠によれば、本件の場合、中村虎光は、訴外小池行太外一名に本件安栄丸の建造を請負わせたが、請負代金をめぐつて紛争を生じ、そのため建造された船舶の所有権移転を承諾せざるを得なくなつたこと、しかし、建造適格証に基づく地位はこれを随伴させることなく、却つて、再度別個に安栄丸を建造すると主張して、前記総連合会や海運局の承認をうけられずにおり、他方、中村虎太から訴外小池カズ子に名義移転された本件安栄丸を同訴外人より買受けた控訴人も、中村虎光の協力がないため、同船による内航海運業の許可をうけ得ない状態に陥つたこと、そこで、右総連合会や海運局、最終的に九州地方内航海運組合連合会が仲介に入り、中村虎光の右建造適格証に基づく地位を控訴人に移転する趣旨で両者間に本件売買契約が成立し、その結果控訴人において右内航海運業の許可をうけるに至つたこと、以上の各事実が認められる。

しかして、右本件売買契約成立までの経緯を併せ考えると、前記控訴人の各主張はすべて採用するに由ないものである。

次に、控訴人主張七、減額代金完済の主張につき判断するに、成立に争いがない乙第三号証、前記同第七、八号証の各一、二、当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が主張の昭和四五年六月八日、中村虎光の住居地に赴いて、同人の代理人である被控訴人中村亮一や訴外祷太外一名と面談し、許可が遅れたことによる損害等を理由に、本件売買代金を六〇〇万円に減額するよう申し入れたこと、及び同日その帰途金額六〇〇万円の小切手を九州地方内航海運組合連合会専務理事菅正敏に預託したことは、控訴人主張のとおりと認められるが、控訴人本人尋問の結果中、その際中村亮一等が右減額申込みを承諾したとの点、控訴人が菅正敏理事に対し、右代金減額の合意ができたものとして、その事情を明し右小切手を預けたとの点は、当審証人祷太、同中村亮一、同菅正敏の各証言と対比し、いずれも措信することができない。

却つて、右各証言によれば、控訴人が申し入れた代金減額の交渉は、中村側が不承知のため不成立に終り、控訴人はそのまま同人等の許を辞して帰途、九州地方内航海運組合連合会に立寄り、当日持参していた前記金額の小切手を預けたものであり、一方、中村虎光は、その後、菅正敏理事等のすすめにより、残金一〇〇万円の請求を保留して、同連合会を通じ、右小切手の金額を受領するのと引換えに、控訴人が前記許可を得るために必要な前記総連合会船腹調整委員会からの証明文書等を控訴人に送付したものと認められ、他にこの点に関する控訴人の主張を認めるに足る証拠は存しない。

以上の次第で、控訴人に対し本件売買代金の残金一〇〇万円及びこれに対する約定履行期後である昭和四五年一二月六日以降民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める中村虎光の本訴請求は正当であり、右請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、なお、原判決後中村虎光が死亡し、訴訟承継人である被控訴人等が主張のようにその権利義務を相続したことは当事者間に争いがないので、主文第二項掲記のとおり、原判決主文第一項、第三項を変更することとし、仮執行免脱宣言は不相当と認めて付さず、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田八朔 美山和義 田中貞和)

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